短編集5

21新種の魔物?



ぼくは幼い頃に孤児院にいた。
おかあさんの顔はうっすら覚えているけれど、お父さんの顔はよく覚えていない。
柔らかい声がぼくを呼ぶ、それだけが家族の記憶。
孤児院に入ってからは、賑やかだった。
けれどそれも数年のこと。
数年で、孤児院は戦争で壊された。
ぼくも一緒に壊れる、はずだった。
皆と一緒に死んでしまう、と思っていた。
―――黄金色に輝く獣がぼくをそこから連れ出してくれるまでは。




森の奥をミュウに乗って駆ける。いつもよく通るけもの道。小さな獣たちは挨拶をしてくれるし、大きな獣もこちらに視線を寄せてくれる。少しくすぐったい。
葉が刺さりそうになりながら、駆けるミュウ。小さくてピンク色のこの子と出会ったのは、とても昔。
ぼくがまだ、孤児院から連れ出されて、2年ほど経った頃の翁の住処。
ぼくは生涯乗り続けるだろう、親友を手に入れることができたんだ。



ぼくは孤児院から助け出されたはいいけれど、生まれつき足が悪くて立つことが出来ない。孤児院では車椅子っていう、乗り物に乗って動いていた。自分一人じゃ動くことのできない、不出来な体。
ぼくを助け出してくれた森の翁…グー爺は笑ってぼくを背に乗せてくれた。けれど森を統べる翁がぼくをずっと乗せているわけにもいかない。
グー爺は色々なことを教えてくれて、ぼくがグー爺たち、つまり魔獣たちとコミュニケーションがとれることも教えてくれた。
ぼくが生きるために必要な知恵を教えてくれた。魔獣に育てられても、人間なんだよと教えてくれた。だから学校にも行きたかった。グー爺が行くべきだって言うから。
『でもぼくには足がない。足が、動かないから…行けないよ』
そう言って、グー爺を困らせてしまった。そんなつもりじゃないのに。この不出来な体は、ぼくの言うことを聞いて歩き出してはくれない。
そんな、時だった。
グー爺は「珍しい子がいるよ」と、ぼくに会わせてくれた。ピンク色のまんまるなら躰。まぁるい目に、可愛らしく紅いほっぺた。そして長い尻尾と、どこからどう見ても魔獣なのに、あまりに可愛らしくて一瞬、ぬいぐるみかとも思った。
『さぁて、トリュード族のおちびさん』
トリュード族とグー爺は言った。とても足が速くて炎を吹く、優しいけれどそれなりに強いって言っていた魔獣だ。とすぐに分かった。
グー爺は続ける。
『リーデ、おちびさんによじ登るといい。リーデをどこまでも運んでくれるよ』
『え…?』
おちびさんと呼ばれたトリュード族の子を見ると、目を爛々と輝かせてこちらを見ていた。脳裏に乗って、と声が聞こえた気がした。
声に導かれるように、ぷにぷにしたその背によじ登る。
すると突然走りだすおちびさん。ぼくはびっくりして背に捕まっていることしかできなかった。
そして驚いた。景色が矢継ぎ早に変わっていく。まるでグー爺の背に乗せて貰った時みたいに。
どんどんスピードが上がって行って、ぼくは振り落とされるかと思った。
けれどおちびさんはぼくを振り落とすことなく、森を駆け抜けていく。多分この森のだれより早いと思う。グー爺とどちらが早いんだろう。
そうして森を一周して、おちびさんはグー爺のところまで戻ってくれた。乗ったときと同じようにおちびさんの背から降りて、おちびさんの顔を見る。
『乗せてくれて、ありがとう』
構わないよと言うように、笑ってくれた。
嬉しい。こんな可愛いイキモノに乗れたなんて。
そう思って別れを告げようとしていたところに、グー爺が言った。
『おちびさんは今日からリーデの足だ』
戸惑うぼく、喜色を表すおちびさん。にやりと笑うグー爺。
『え、でも…こんな可愛い子、きっと群れがいるし、お母さんも…』
ぼくのためにこの子を奪ってはいけない。きっと家族が居て、友達がいて、きっと楽しい群れの中にいたはずなのに。
『リーデ、この子はお前さんと一緒だよ』
グー爺は静かな声で言った。
『この子は変種でね、ピンクのトリュード族なんていない。でもおちびさんはトリュード族だ。けれどね、おちびさんは誰より早く走ることはできても、炎が吹けないんだよ』
トリュード族は炎で敵を威嚇し、獲物を狩る魔獣。その魔獣が攻撃手段を持たなければ、どうなるか。考えるのは容易い。
『それじゃ、』
『そう、おちびさんは群れに見捨てられたんだよ。そして私が拾った。リーデならこの子と仲良くやっていけるだろう?』
どちらも捨てられて。
どちらも欠陥品。
でもだからこそ、支え合える何かがあると。
『ぼくで、いいの?』
ぼくは足が動かないから、どこへも行けなかったけれど。
君がいれば、ぼくは君と一緒にどこへでも行けるかもしれない。
鳴く、おちびさん。ああ、一緒にいるならおちびさんじゃダメだね。
『…ミュウ、って名前はどう?ぼくを手伝ってくれる友達におちびさんじゃ、駄目だもの』
笑って鳴いてくれた。鼓膜を通さずに、声が聞こえる。
“嬉しい!一緒に、頑張るよ!”
ぼくと一緒に頑張ってくれるという、友達。
笑った、ぼくもグー爺もミュウも。
ぼくが足となってくれる友達を手に入れたこと、ミュウがぼくという友達を得たこと。
全て、ぼくがここに今あるための、出会い。



「翁…グー爺は元気かな?ミュウ」
この間、アッシュに知らせてくれたこともお礼を言わないといけないし、話したいことはたくさんある。
最近は人間の、魔術師の友達がたくさんできたから、中々会いにいけなくて。でもそれを理由にしちゃいけない。だってグー爺はぼくの育ての親なんだから。
「行こうか、ミュウ」
鳴いて応えてくれるミュウ。ぼくの親友。
そして森を駆けまわれるようになったぼく。君がずっと助けてくれてるからだよ、といつも言う。
ずっと一緒に居られると良いね、と笑う。
世界は今やぼくの前に拓けていた。


End
22語り明かす夜



君と一緒にいられるなら、と思っただけで。
その時は一目ぼれなんて信じてなくて。
恋とか、俺にはまだ早いような気もしていたし。
でもこの出会いが、悪いものであるとは何故だか全く考えもよらなかった。




何の権力か、それとも偶然か。
俺たちは同室になった。
一目ぼれして出会った後。
入学式をサボった彼を連れて、クラス発表の方へ足を運べばクラスと寮の部屋番号が振られている。そこで彼と俺が一緒の部屋であることが判明した、と言うわけである。



「…そういや何でアンタ、腕と指に包帯してんの?」
彼が荷物を片付けるのを手伝って、お互いに風呂に入ったりしてから。もはや彼はここが自分の部屋のように寛いでいた。…元々俺一人の部屋だったのだけど、彼はそんなこと気にもしないようだった。
それから俺が風呂から出てきた後、の今の発言。
風呂上がりでも腕と指に巻かれた包帯。完治しない傷痕を見えないようにしたもの。彼はそれがどうやら気になったみたいで。
「リスカ?」
「一応違うんだけど、」
なんて言えばいいだろう、と思案する。この俺の特異な性質と言うか、魔術素養と言うか。世界に何人もいない、むしろ俺一人かもしれない性質。
「外していいか?」
まじまじと腕を掴んで見ながら、彼は言う。仕方がないから俺は頷いた。
彼がするすると包帯を外していく。そして、彼は目にした。
止めどなく流れ続ける血液。普通なら数時間で体内免疫が働いてふさがっているはずの1cmにも満たない場所から流れ続けている、今も。
それを押しとどめているのは学園で開発されたガーゼで、それを取っ払った腕は絶えず血液を流し続けていた。
「…免疫ないのか?お前、病弱設定とか?」
「いやそんなことはないんだけど、体質で」
俺の体はどこか切れば、絶えず血液が流れ続ける。普通の人のようにすぐにはふさがらない。それは魔法を行使するためでもあるのだけれど。
魔力が免疫を奪ってしまうのだ。傷口から血を流し続けるために、傷を塞ぐための免疫だけが消え去ってしまった。その代わり病気とかのための免疫は異様に強く、季節風邪なんかには掛かったことがないのだけど。
「へーぇ、不思議だな。勿体ねぇ」
「…まぁ血は足りなくなるし、勿体ないよね―――っ」
と、普通に話していたはずなのに、いきなり彼が俺の腕に飛びついた。唇を傷口に押し当てて、飲んでいる。…俺の血液を。
ぞくり、と背筋が震えた。血液を使用することはあっても、血液を他人に飲まれたことなんて、ない。
俺はその魔力の性質からヴァンパイアのようだと言われたりもするけれど、彼の方がよっぽどヴァンパイアみたいだ。血を飲むなんて。
「…ん、旨い」
「吸血鬼みたいだね、君」
こくこくと飲んでいる。絶え間なく流れ続ける血を、一心不乱に。御伽噺のヴァンパイアのように媚薬作用があるわけでもないのだけど。
「んー、飲んでも飲んでも減らねぇんだな。このままじゃ吸いつくしちまいそう」
「流石にそれは遣らないでね?…魔法が、使えなくなるし」
魔法が使えないと、授業に出られない。実技なんかは絶対に。
「魔法?血と魔法が関係あんの?」
ちゅるり、と音を立てて舐めていた腕を離す。そしてさっきと同じように包帯を巻いてくれた。何気に俺より上手だ。
「俺の術式はブラッド・スペル。名前の通り血文字を書くことで魔法が発動するんだ。だから血が止まらなように、体がそう作られてる」
血文字を書くにはかなりの量の血が必要で、ちょっと切った位の傷跡じゃでないほどの量。だからこそ、少し切っただけでたくさんの血がでるように体が構成されている。
それでも日常生活には不要な体質だから、こうして特殊なガーゼで押さえているんだけど。
「ふーん、だから血がこんななのか」
「…っ、そうなんだよ」
にやりと笑う彼が、あまりに妖艶に見えて。俺は一瞬言葉を喪った。
「じゃそんなに飲んだら悪いな」
「程々なら構わないよ。でもそんなに美味しい?」
包帯を巻き終わった腕をするりと撫でて彼がわらう。
「ん、こんな夜は飲みたくなる味だな」
「……それ、よく分からないよ」
俺はずっとヴァンパイアだなんて言われてきたけれど、君の方がよっぽどヴァンパイアみたいだ、なんて。
流石にまだ云わないけれど。
そのうち、きっと言うんだろうと何故か確信があった。




血を啜る音が聞こえる、今夜も。
どうやら満月になると、アーバインは血が恋しくなるみたいだと最近気づいた。
そしてもう半年余りの付き合いの彼に言うのだ。
「ねぇ、アーバイン…」
「んー?」
「やっぱり俺より吸血鬼みたいだよね」
「…そぉか?」
「うん」
予想したとおり、アーバインは気にも留めないけれど。
でもそれがいいのだ、アーバインはそれでいい。
そうやっていつも夜は更けていく。最近は吸血から、痛みを伴った閨事に踏み込み始めても。大して関係は変わらない。まどろむ様に堕ちて行く。ただ、それだけ。




End
23お金が、足りません。



ボクはこの学園で生まれて、この学園に育てられてきた。
親がいなかった訳じゃない。
単純に親がここにいて、だからボクもここで育つ。それだけのこと。
だからそう、ボクにとっては外からくる人は当たり前で。
でも同時に憧れを抱く。どんなに傷ついてココへ来た人へでも。
…外はどんなでしたか?ここと違うんですか?
…どんなにか傷つくほど、外は怖いんですか?
…綺麗ですか?汚いですか?それとも、本当は。
外、なんて。存在するんですか?
そんなことまで考えてしまうほど、ボクは全く外を知らない。




授業終了の鐘が鳴って、皆ざわめきながら教室の外へと出て行く。
ボクも同じようにしようと思って、ふと財布の中身を確認した。
「…あんまり無い」
そういえば先週あたりに大きな機材を買ったから、無いのも当然かもしれない。さらに、その機材を使って作りたいものもあったから材料もかなり買ったような気がする。…お金がないのも当然。
でもこういう時に限って、ヴィント辺りが容赦なく―――「おーい、ウィル!」ほら来た。
廊下に出れば、鞄を背負っているヴィントが楽しそうに駆け寄ってくる。
「ウィル、今からQuiet行こうぜ!」
Quietとは繁華街に新しく出来た変り種の多い菓子屋で、最近のヴィントのお気に入りだ。時折一緒に行くけれど、ボクは食べるよりそれを用いて錬金術がしたくなるようなお店。つまりは変わり者以外には人気がないような店だ。
「…すみません。ちょっと、今お金が足りなくて」
「あー、そういやこの前デカい機材買ってたよなぁ、ソレか?」
「ええ、まぁ」
また今度でもいいですか、と言いかけて止めた。この雰囲気は止めようという感じじゃない。長年の付き合いだから、流石にそれ位は分かる。
「一個位ならおごるから付き合えって」
言うと思った。機嫌のいい時は何かを聞きたい時だから、きっと言うと思ったよ。
「隣のコーヒーショップ位のお金ならあるから、そっちならいいですよ?」
「…うーん、まぁ良いや。じゃ、そっちな」
「はい」



外には沢山あるチェーン店のコーヒーショップ。小さめのミルクがたっぷり入ったコーヒーをひとつと、ヴィントの前には甘いキャラメルが沢山入ったチョコレートにも近いコーヒーがひとつ。
さらにヴィントは一口サイズのクッキーを口にしながら、言葉を発した。
「そういえば、ホントにお前って外でたことねぇんだよな?」
「ええ、父も母もこの学園に来て出会ったそうですからね」
でも父も母も魔術師ではない。この学園で専門の建築業者なだけで、魔術師への理解はあっても自らの子供が魔術師になるとは思っていなかったらしい。
「…ま、お前はそんでいいサ」
「何がですか?」
そう問い返すと、一瞬ヴィントにしては珍しく口ごもる。少しして、コーヒーを飲んでからやっと口を開いてくれた。
「オレらみたいな迫害されてから来た奴らにとって、お前は結構幸せな子供に見えるわけサ。でもそこがいいってコト」
「…良く分かりませんが」
幸せな子供、とやはり見えるらしい。でも多分幸せなんだと思う。
目に見えて迫害や傷つけられたことがあったわけじゃない。魔術師というだけで傷つけられたことはないし、魔法が使えることで何か云われたことも失ったものもない。
両親は魔術に理解があった。すぐ傍には学校があった。学校へ行けば同じ魔法を扱う友人と、先生たちがいた。それが当然だった。それこそが、ボクにとっての普通だった。
「そうですね、どこまで続くか分かりませんが幸せなんだと思いますよ」
例え、極稀に“鳥籠の鳥”のようだと思っても。
「ん、だから当分はソレで良いサ。―――ま、でも」
くるり、とコーヒーを緩やかにストローでかき混ぜて、云う。
「そのうち、オレと外、行こうぜ」
吃驚した。彼はこの場所で、この学園に居るのがとても幸せそうに見えていたから。
ここから飛び立つだなんて、考えていることすら知らなかった。
「外…ですか」
「そ、外。何だよ、お前行きたくねぇの?」
行きたいようでみたいようで、けれど怖い。
皆が迫害されて、傷ついた外。この目の前の友人もその一人で。
「…いきたい、です」
「だろ。お前、前に見てみたいって言ってたよなー」
軽い言葉、軽い雰囲気で彼は言う。
「オレの知ってる処なら案内してやるし、行こうぜ」
「はい」



まだ鳥籠の世界。守られた世界。
でも外へ行ったら、そうでないのかもしれない。
けれどボクは見てみたい。傷付いた世界の向こうにある世界を。



End
24久しぶりの仕事依頼



私は双子とそれから、私自身が存在すれば構わない。
そうやって生きてきたしそれが当然。
―――願わくば、彼女も存在してほしかったけれど、それは高望みに過ぎない。
それを痛いほど知っている。
例えこの場所が異世界でも、3人でいるなら。
私が守ってあげよう、けれど私が突き落としてあげよう。
2人が幸せなら、私はどこに居ようと構わないよ。




「綺麗ごとだと、君は笑うだろうね」
墓参り、なんて綺麗なものでもない。それにここは墓でもない。ただの導、私たちがこの世界へ来たときの名残の場所。
遺跡と呼ばれているようだった。エスタローペに似た建造物の、その前に私は立っている。
いつもなら授業の時間か、それとも人造魔物ホムンクルスを作っている頃か、それとも…。どれにせよ、私はあの学園にいるような時間。なのに私はこの砂塵の舞う場所に、ひとりで居た。双子も連れず、ひとりで。
「…笑うだろうね、君は。とても可愛らしく」
先ほど閉ざした言葉の続きをいう。きれいごとだと笑うだろう、けれどそれがよいのだとやっぱり笑うだろう。
双子の母、そして―――、いや口に出すのはやめよう。こんな場所で赤面してしまう。未だにこのことを口に出すのは恥ずかしい。双子に笑われてしまう。自分たちのことなど言えたものじゃないと。
「ああそうだ、君の子供たちはいつもながら可愛らしく元気に育っているよ」
何故か年齢を逆行してしまったけれどね、とは言わないでおく。別に鬼籍の人がどこかで見ているのなら、既に分かりきっていることだろうけれど。
それでも強さは前と…いや前よりも強くなったかもしれない。その小柄な体でスピードを武器に、前より強くなった。私の賜物だね、と笑って云う。そうでもしないと、顔を覆ってしまいそうだった。こんな風に鬼籍の人に何かを話すなんて事柄、初めてで。



生も死も私の概念にはないもので、珍しく、そして短いスパンで繰り返される生命の営みにしかないと思っていた。ただ知っている、それだけの事象で、それだけの連鎖。そこに想いなど、付属して考えたことがなかった。
それを教えたのが双子の母だったといったなら、双子は驚くだろうか、当然だというだろうか。それとも、私が人外であることに最初に驚いてくれるだろうか。



「次は双子を連れてくるよ、エスタローペの成れの果ても見たいだろうしね」
ニヒル笑う、いつものように笑う。それがさよならの合図。
「久しぶりに仕事依頼が来てね、学園に戻る前にやってしまうさ。双子には気取られないようにね」
多分、気づいて、それでも云わないで居てくれるだろうけれど。歳の割に聡いのは、向こうの世界で年齢を重ねたからか、それとも元来の勘か。
仕事と云うのはエスタリオーベのような駆動機械の設計で、錬金術と科学の融合でもある。最も、こちらで云う“錬金術”では楽器も作れるし、剣も銃も作れる。もはや科学と言い換えていいと思うのだけれど。
その依頼が、来た。手紙で人伝いに。多分軍事都市の依頼だろうとめぼしはついている。
帰る前にその軍事都市とやらで依頼人に会うことにしている。本来なら、会う必要もなく、納品だけしてみてもいいのだが、それでは面白くない。
ただそれだけのための寄り道。そしてこの墓参りにも近い所業。
「…また来るよ」
それだけで背を向ける。
乗ってきた単車駆動機械に乗って、砂塵を振りまきながら空気を飛ぶ。
相変わらず、君に会うのは暫く先になりそうだと心の中だけでつぶやいた。



End
25再びこの地で



幾億の世界、幾兆の人々。
交雑する人々と、交わり続ける人の波。
知ったヒトを見ては嘆き、似た生き様を見ては憂う。
それを繰り返し、繰り返し。
そうして疲弊していく、精神。
―――帰ろう、あの場所へ。彼女が待っていてくれる。




力の奔流に、まるでサーフィンでもするように乗りながら、力が集まる場所へ引っ張られる。それに導かれるまま、その場所へ降り立った。
基点の世界。交わりの中心。世界を結ぶもの、ユグドラシルのある場所。ボクが生まれた世界。遠い世界では“セパテレート・エンジン”と呼ばれていた“セカイ”。
どうやら降りたところはボクの第二の故郷らしい。ボクらが暮らした、あの場所。きっと彼女が―――「エステル…?」―――やっぱり、いた。
「…久しぶり、シー」
「驚いたわ。…お帰りなさい、エステル」
旅路から帰ってきた流浪の旅人を迎えてくれる人がいる。これ以上の喜びなんか、ない。
「ふふ、エステルったら…変わりましたわね」
「そう?」
気がつかないけれど、ボクは変わっただろうか。
ユグドラシルの力を受けて、時を捻じ曲げ続けているから身長は伸びていないと思うし、ありきたりな成長はしていないはずだけど。
「雰囲気がイルに似てきましたわ。とても皮肉屋な雰囲気がするもの」
くすくすと笑われる。―――そうかな?
彼に、ボクは似たのだろうか。だとしたら少し、嬉しい。
「そっか」
「でも、他は変わってませんのね。わたくしは相変わらず普通に成長してしまって、少し悔しいですわ」
彼女はそういって綺麗に笑う。
昔は可愛いと称される人だったのに、いつの間にかボクを追い越して、追い抜いて…そして綺麗になっていく。
彼が帰ってくる頃まで、待っていてくれるだろうか?…待てるの、だろうか。
「そんな顔しないで、エステル」
分かってる。ボクが、彼女を置いていったボクらが悪いんだ。だけど、だけど。
「わたくしはいつまでも待ちますわ。何だったら、わたくしにもその不老の術を齎してくれても構いません」
「…それはっ、」
「ええ、分かってますわ。貴方が、貴方達がわたくしを巻き込むまいとしていること。わたくしがいつもおいてきぼりなこと。分かっていて、わたくしは待ち続けていますのよ」
少し悪女にもなりましたのよ、と笑う。少女とはもう呼べない人。
「ですから、そんな顔をしないでくださいな」
「…ごめん」
「わたくし、これでも久し振りの再会なのですから、お説教なしに喜びたいですわ。親友との再会を」
「ごめんね、シー」
悪いのはボク。でもね、シー。
「でも、シー。待っててくれる、君も悪いんだよ」
待たれたら、帰ってきたくなってしまうじゃないか。
「知ってますわ」
笑う、彼女はただ。そうして静かに待つ彼女に、勝てるわけなどない。
動くより動かない方がとても苦痛で心の擦り切れることだと、知らない人はとても多いけれど。
「…ただいま、シー」
「はい。お帰りなさいませ、わたくしのエステル」



まだ、行ける。
君が待っていてくれるから、ボクは心を擦り切れさせずに、疲弊させずに、また飛び立てる。
大丈夫、笑っていて。君はそれを苦しいと思わないかも、苦しいと思っていて隠しているのかも、ボクには分からないけれど。
ボクを思ってくれるなら、イルヴァを思ってくれるのなら。
君は笑って、待っていて。
ボクと君を生んだ、この場所で。



End