短編集3

11.戦略的撤退と呼べ



認めてはいる、仕事も魔力も。
―――でもどうしたって苦手でしかないんだよ!




「げ…あ、らぁ?」
「君かぁ…ちょっとどいてくれるかな?」
火花が飛んでいる気がする。勿論、ここ魔術学校でも比喩だが。
周りを通りかかろうとしていた生徒はそそくさと逃げて行く。誰だって今かち合ってしまった二人のそばには近づきたくない。
変わりものと呼ばれようとも普段ならばどちらも良い先生だ。というのが全生徒に共通する認識だ。勿論、他の先生と一緒のところも平気だ。…唯一の例外をのぞいて。
「貴方に会うならこの場所通るんじゃなかったなぁ~」
「それは僕のセリフだねぇ。さっさと帰って双子の顔を見て癒されようと思ったのに」
言葉から放射能でも出てるんじゃないかと思うほどの、魔力圧。…え?魔力? 「魔力衝突起こしたら僕に勝てないの解かってるんでしょー?白魔導師の保健医」
「これでも世界最高峰の白魔導師だからねぇ、下手な錬金術師もどきには負けないとおもうよぅ?」
言葉遣いは似てるのに、刺々しさまで似なくていいです。…周りを通らざるを得なかった生徒の共通の想いが、二人だけには聞こえないようだった。
「Code:Enchant Spell-type:MaxGage ―――この場からふっ飛ばしてあげるよ~♪」
「その前に僕の長距離魔法砲に君がふっ飛ばされるんだと思うよ~」
片方は呪文を右手に掛け、片方は白衣の中から巨大な砲身を取り出す。次の瞬間にはきっと廊下と教室が爆発すること間違いなしだ。
急げ、関係ない人は戦略的(?)撤退だ!とばかりに、周辺教室の教師たちが生徒を逃がす。テレポート能力のある生徒は次々に生徒を運び出す。
この二人が相対するときは決まって校舎は半壊するのは分かっているからこそ、迅速な対応。というか、その前にこの二人が出会わないようにすればいいんじゃ、という意見は今のところ黙殺されている。
ほぼ全員が逃げ出し、若干名の結界師が二人の周りに結界を張ってから逃げる。…せめて少しは被害がマシになるようにと、祈りのような魔術だ。
そして、次の瞬間。


教室ごとふっ飛ばされた校舎は見るも無残な姿になっていたことは、言うまでもない。


End
12.トラップ発動



気がつくと、いつも一緒だった。
物ごころついた頃にスカロフにやってきたオレと。
生まれてからずっとスカロフにいるアイツ。
仲良くなるなんて呼吸するようにできた。
こんな日々が、永遠だと良いと思う。
変化を好むオレだけど、それでも。




爆発音と、色とりどりの色。それらが空気を伝ってオレのもとまで届く。
「おっし、計算通り!」
言葉とともにガッツポーズ。そして叫び声…じゃない、オレを怒鳴る声が聞こえる。
「ヴィントっ!またお前だな!!」
グリアム先生センセがオレがいるとは限らない方向に叫ぶ。…うん、今回は見当はずれだな。大体5割位で当たるんだけど。
そんで、オレは経った今トラップが発動してグリアム先生センセがいる場所が良く見える、西側の屋上からするりと柱を伝って地上に降りる。膝を曲げて衝撃を緩和して、そこに現れる男に視線を移す。
「よっ、ウィル!実験は成功、だな」
にやっと笑えば、ウィルはしょうがないなぁという顔をしてこちらを見た。けれどこいつも実験を楽しみにしていたことをオレは知っている。知っていて、その視線をあえて受け止める。
「そろそろ綾織さんが天性のカンでこの辺りにくるんじゃないんですか?ボクに構っていると、たたっ切られますよ?」
くすくすと笑ってウィルは長い制服を翻す。その中には先ほどのトラップなんて幼子のパンチほどでしかない位の、凶悪なトラップ、凶器となる爆発物が数多仕込まれていることなんて今更だ。
「いいんだよ、お前はオレの味方だろ?」
「…まぁそうですけどね」
君も毎度適わないのを分かって良くやりますよね。と、ウィルは呆れた顔をする。



ホントは分かってる、オレは綾織を地に伏せることはおろか隙をつくことなんてできないこと。
アスターとか…まぁピアノッテでもいい。誰かの援護を受けてのことならともかく、一人じゃ太刀打ちなんてできない。
オレだって馬鹿じゃないし、愚かでもない。
この魔法学園の中で相手の力量も測れないほど、愚かじゃない。
だから分かる。でも…―――



「オレが挑戦して、サ。何か綾織を通じて自分の力量を測る、みたいな。計測器替わりなんだ」
どれだけ不意を付けるか。どれだけオレのすべが通用するのか。どれだけオレが無駄な行動をしてるのか。
戦いって不思議だ。全身全霊を使わないと、戦いなんてできっこない。
だから自分の全てを綾織にぶつけることで、自分の全てが分かるような…そんな気がしてる。
「ま、馬鹿な考えかもしんねぇけど」
嗤う。でもホントのこと。ホントのオレのココロ。
「とりあえずボクは怪我をしないように、とだけ言っておきます。でも、君はいつもどおり怪我ばかりなんでしょうけどね」
「…ま、そうなるサ」



足音は聞こえないけど気配がする。探査、探知。9割、綾織が来ている。
それを分かってウィルも言葉を閉ざす。そしてオレは木の上に飛び乗り、ウィルはそれとは反対側の木の背へと近づいて、角度的に綾織の現れる方向からは見えない方の根元に座り込んだ。
そして待つ。
訪れるオレのダチで計測器。
オレの認めた強い奴。オレを測ってくれる奴。
強いと言えば、アスターなんかもかなり強いんだろうけどな。ただ奴は不可解で、直接的な強さが分からない。全力でこちらに向かってきてくれない。いつも全力な綾織みたいに。
だから嫌だ。綾織じゃないと。
「でてきなさい、ヴィント。私を呼び出すためだけに仕掛けを仕掛けて周りを巻き込むのは止めなさい」
呼び出すためだけじゃないし。お前をホントはトラップで足止め&地に伏せることができたら僥倖なんだけど。
でも仕方ない。いつだってお前はオレのトラップを簡単に避けてしまう。他の生徒は見事にはまってくれんのにな。…基本的には。
「いつもどおりこの私が相手をしましょう。…全力で」
さやなりの音がして剣が引き抜かれたことが分かる。オレはそれを合図にスニーカーで木の幹を蹴って、飛び降りる。
―――さぁ、はじめんぜ?
「よっ、綾織。トレーニング替わりに、付き合ってもらうぜ?」
走る。


今日もオレを探すための、お前の全力との戦い。
トラップとオレの陣で、お前にぶち当たる。
それを呆れながらも見る、親友と。
オレはそれだけでいい。
変化は好きだし、動くのも好きだ。
でも、それだけでいい。
それだけはオレの世界から動くな。
それだけは、オレらしくないけれど…祈ってる。


End
13.思わぬ先客



珍しい、とそれが一つ目。
そういえば中等部にアルビノめいた天使がいると、とある筋から聞いていたなと思いだすのが二つ目。
彼が学園にいるのは、俺がいるのと同じ位珍しいことだと一体何人が知っているだろう。
異世界からの来訪者な喫茶店のマスター、
俺と彼の部下やかの地の知り合い、
それから幾人かの学生と教師と、
多分、お互い…かな。




「やぁ」
こちらから声をかける。俺の最近の格好の昼寝場所で実験場所だった特別棟の近く、泉が湧き出でる場所。その近くの大木の傍に彼は立っていた。
アルビノめいた容姿に、可視できない三対の翼。間違いなく上級天使…熾天使セラフィム。さて、流石にそれ以上のプロフィールは想像するしかないのだが、と。考えていれば、彼の方から近づいてくれた。
「こんにちは、高等部の謎めいた“王子様”」
そんな呼び方もされていたかもしれない。殆どが自分の居ない場所での噂話での言葉なので、俺はあまり知らないけれど。
「その呼び方はやめてくれるかい?…自己紹介をしようかな、俺はアスター。ここではアスター・ヴィ・ケルトリアで通っているよ。“熾天使セラフィム様”?」
皮肉を交えて名前を言えば、彼は何もリアクションを返さなかった。ただ表情を変えずにこちらをじっと見るだけ。
そしてしばらくして口を開いた。どうやら精査されていたらしい。自分の魔力圧で心理的精査半ばのところの精査を強制終了させる。…多少気分が悪い。
「っ…すみません、つい。私のことをすぐに見抜いた方は初めてだったので…」
呑気な天使だと、ため息をついた。それは、今まで誰にも初対面で天使だと言われなかったってことと同義。
精密に隠されていた訳ではない羽根。見るものが見れば見える。人間以外の、一定以上の力を持った者ならば、恐らく。それは悪魔だろうと天使だろうと同じで。
どれほど平穏な日々を、この中間点ちじょうで暮らしていたのかと思うと、脱力さえする。
「あ、すみません。私の名前を言ってなかったね。私はウェイ・ジャン・李。貴方の二つ下、中等部なんだ」
「…貴方は俺の二つ下でもないでしょう?」
既に熾天使セラフィムと呼んでいるのに、まだ人間を騙るか、この天使は。
「まぁ一応はそうだけど…私は人と同じで在りたいので」
笑う。微笑む。その天使は始終微笑んでいた。
銀色の髪を揺らして、微笑む。まるで慈愛を以て俺に接しているように。…慈愛?いや違う、これは…、
「そうか貴方は慈悲の君だね」
その言葉に彼は、ウェイは目に見えて驚いた。神にいと近き…いや神にも等しき慈悲の天使が驚く様なんて、珍しいものを見ているような気がする。
「そこまで…分かるんだ」
「分かるよ。変わりものの神の地位を拒んだ天使。白炎の君、と呼ばれていると」
その姿がまさに白き炎。赤より強い浄化の焔のようだという。その姿、その心。慈悲を司る天使の真の姿は浄化の炎。何をも癒し何をも滅ぼすという、それ。
「その分じゃ、俺の真の姿も知らないみたいだね。それとも分からないように自分でプロテクトをかけているのかい?」
「いえ、私は地上に来てから殆どヒトと同じ情報しか得たことがないし、それに天にいたころは監禁も等しかったから」
つまり世情には詳しくなく、それは悪魔のことも同じだと。
「なので貴方のように聡ることはできないから、できれば教えてくれると嬉しいよ」
「…俺はアスター、アスタロテ公爵。国主らをまとめる旅団長も兼任しているんだ。君と同じ、大地ここにとっては来訪者だ」
素直に答える。俺と似て俺と異なる存在。人に呼ばれることもあるけれど、勝手に地上へと舞い降りた異端なる存在。
「よろしく、アスター。君と仲良くなれたら、私はとても嬉しいよ」
「そうだね、同じ高位な来訪者同士親しくありたいものだね」
神にいと近き存在と、魔王の頂点に近い存在。
その二人が言葉を交わし、はじめて出会った瞬間だった。


End
14.ドラゴンの護りし宝玉



少女たちが集まる女の園。
堅く門を閉ざされた閉鎖された空間。
そして―――決闘のある庭園。
それらはすべて同じ場所を指し示す。
『フロレンス魔法学園』という、ドラゴンが眠る場所。




花々が咲き誇る庭園と、地下…いや魔穴に眠る白銀の少女。
見た目は確かに少女でも彼女の眼はうろんげで、とても10代の目には見えず。その眼は、その場から地上を見ていた。…ただしその眼には宝石の原石が並ぶ、土の天井しか見えなくとも。
「さて、起きるか…。全く、老体に鞭を打たせるな」
ずるり、と音を立てて起き上がる。そう彼女は今の今まで埋もれていた。魔力の奔流がある魔穴の中に。
赤く爛れた裸体だった躯を、彼女の手がひと撫でするだけでふわりと光が灯る。
そしてみるみるうちに躯が再生され、そして衣服をまとっていく。それは誰よりも高速な再生の魔法だった。
しかし彼女とて、これほどまでに高速に術を使えるのはこの場所のみである。魔力が滾り、むしろ余り続けているこの魔穴。
フロレンス魔法学園の地下深くに存在する、と見せかけて、実は天に存在する魔穴。
だからここから出れば、もう強大な魔力は使えない。せいぜい、人の身に余るくらいの魔力のみ。それでも余人からすれば十分すぎるほどの力。
「決闘が始まるか、また。お主もそろそろ現れるのだろうな?」
誰に問うているのかは明確にしない。
ただ彼女は大昔に一度会ったきりの知り合いに会えるような気がしていた。自分と似て、異なる存在。神、とか呼ぶかもしれない。
彼女がこの学園にいるような気がした。だから起きる。
“今回は”起きるのだ。―――それが学園にとって僥倖か悪夢かはさておき、彼女が起きることは珍しいことであった。
「我を楽しませて貰おうか、決闘者たち」
そう呟いて、彼女は歩きだした。
その場から立ち去るために、学園へ戻るために。



End
15.新たな仲間と敵



駄目、駄目。 ここで倒れたらあの人に迷惑かける。
高々授業の一環で、前の世界より怖くないはず。
ヒトを殺さない。ヒトを消さない。
それなのに、どうして。
動いて、私の体。
私の手から離れないで、私の力。
お願い、駄目。
この場所を、消したくは…ない。




荒い呼吸で走り抜けていく一人の少女…彼女は魔物から逃げているわけでも、実技授業を怖がっているのでもない。
彼女はただ自分が恐ろしい。暴走しかけている自分の力が怖いのだ。
いつもどおりの日々だった。実技授業だっていつものことで、暴走したことなど、今まで一度もなかった。
なのに勝手に力が暴走した。授業の目的だった魔物は一瞬で消え去って、次の瞬間あわや隣にいたクラスメイトを消してしまいそうになった。―――そして、彼女はその場から逃げだした。
早く、早く。ココから逃げないと。
そう心が逸っても、ここは孤島。そしてどこに逃げるにしても、暴走は止まらない。制御をと考えて杖を握って、神経を集中させて…いつもどおりにやってるはずなのに収まらない力。それにもう戸惑いを隠せず、いつもならば無表情な彼女の顔は、今や焦りと困惑に歪んでいた。
「どうしよう…どうしよう、ヴィ、」
ここにはいないヒトを呼び掛けた。…駄目だと抑制する。
あの人を呼んでは駄目だ。また迷惑をかけてしまう。あの人と一緒にいられなくなるかもしれない。…捨てられる、かもしれない。
駄目、駄目。でも、もう…保たない。
はけ口を見つけなくては。力を一部でも開放して、魔物でも倒せば。…殺せば、消せば。どうにか制御できるかもしれない。
なるべく強い、なるべく大きな獲物を探してファウストリアはさまよった。
そして海岸近くの洞窟の前を通ろうとしたとき、彼女の耳に銃声とそれから獣の咆哮が聞こえた。…大きい、と判断する。
判断をすぐに終えて、そちらに向かう。そして獣を視認した瞬間、杖を向ける。
「―――消えろっ!!」
呪文スペル・ラインはいらない。もうそれすら必要としないほど魔力は高まり、暴走しつつある。だから、その力を対象に向ける。それだけでいい。
そして獣は咆哮も上げずに消え去った。…切りかかろうとしていた少年とアサルトライフルを構えて今まさに撃とうとしていた少女を放置して。



「はぁっ…はぁっ、」
息がきつい。でもどうにか魔力の暴発は防いだ。多分。
まだぐるぐると変な魔力が渦巻いているような感覚がするけれど、でも制御できないほどじゃない。
一息吐いて、意識を周りに向ける。するとこちらをじっと見る男女の子供の姿があった。
「…大丈夫ですか。あんな巨大なもの消すから疲れたんですよ」
少年の方が言葉を吐いた。少女はまだ少年の背に隠れたままこちらをじっと見ている。
「…だ、い…じょうぶ。ごめんなさい、割り込んで」
「いえ、構いません。…誰か呼びますか?」
少年はきっと私を見てとてもひどそうに見えたのだろう。見かけほど、もう酷くはないのだけど。
杖を支えに歩きだす。少年はまだ警戒しているのか、腰の銃と思わしきものに手をかけたままこちらを見ていた。
すると不意に少年の後ろに隠れていたはずの少女から声が上がる。あ、とひとつ発してから、言った。
「その杖…マスターのに似てる」
マスター?それは誰だろう。…ええと、マスター…師匠とかだろうか?
少女の言葉を聞いて、少年も杖に意識を向けたのか、ああ、と呟く。
「そうですね。カフェの…『ワールド・エンド』のマスターの剣に似ていますね。錬金術の類の物質じゃない」
そう言ってから、少年はようやく手を腰の銃から退けた。
「はじめまして、マスターの娘さんのファウストリアさん」
この少年はどうやら私の父を、ヴィンセントを知っているようだった。カフェに来たことがあるのだろう、と思う。私は会ったことはないけれど。
そして続くように少女がひょこりと少年の後ろから出てきて声を発する。
「こんにちは、ファウストリアさん。えと、わたしはエフェルタ、こっちはお兄ちゃんのヴェクター、です」
「…こんにちは」
名前を聞いて、思い出した。
聞いたことがある。ヴィンセントのところに時折訪れる変わり者の同じ異世界からの来訪者、フェリーチェ・アウルトゥングのところの双子。いつもいつもフェリーチェ・アウルトゥングが惚気話のようにぐだぐだと話していくのを横で聞いていたことがある。
そうか、この二人が。あまり似てはいないみたいだけど。
「フェリーチェ…二人のお父さんには会ったことがある。けれど貴方達とははじめまして、ファウストリアと言うの」
少し意識して、笑う。
同じ異世界からの来訪者。同じ波乱万丈な父を持つ子ら。私と似ているけれど、違う子たち。
「今日もマスターのところで父と待ち合わせなんです。良かったら一緒に帰りませんか?」
「…いいの?」
作られたような笑みで笑う少年…ヴェクター。部外者の私が居てはその笑みのままだろうし、と辞退しようかと思ったが、隣で微笑む少女が良いよと言っているような気がして、とりあえず聞くだけ聞いてみた。
「構いません。…ウチの父親を見て驚かないでいてくれるとありがたいですが」
「平気。良くカフェで会ってるから」
間延びしたような言葉にも、もう慣れた。
「…ファウストリアさん、吃驚しないでね?」
少女も恐る恐る言う。…そんなに驚くことがあるのだろうか。
ともあれ、私は二人とともにカフェへ戻り、そして。
そして、彼らが驚くなと言った意味が分かった。


「お帰りー、ヴェクターくん、エフェルタちゃんっ」
「ウザい!!エフェルタから離れろ、くそ親父!」
「…離して、父さん。ファウストリアさんが、吃驚してるから」


End